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マンホールを撮りたかったのだが、紙づまり発生。

9X/XX/XX (POLAROIDO JOYCAM)


<余談>

このカメラは、シャッターを切ると同時に、内部に格納されたカード状の撮影用紙が、モーター機構でウィーンと押し出されてくる。カードはゼリー状の感光乳剤(?)を2枚の紙に挟み込んだ構造になっており、表に透明プラスチックの窓がある。撮影直後の乳剤は均一な褐色をしているが、すぐに図像が浮かび始め、10分もすれば乾燥・硬化して写真が完成する。
時々、紙の送りに失敗して、排出が途中で止まってしまうことがある。するとどういうわけか、上のような感じで、押し出された部分は現像が進むが、カメラの内部に残った部分は感光しないことが多い。 奥の方で紙詰まりが発生すると、指で引っ張ったくらいでは引っこ抜けず、残った用紙を無駄にしてカートリッジごと交換するか、撮影を中断して帰宅するかの悲しい選択に迫られた。そもそもカメラのデザインは見栄えがせず、ピントと露出とフラッシュは機械任せで不自由、焦点距離は1m以上必要、画面は小さく、絵は精細さを欠き、色は鈍く、用紙は高価で、撮影技術を向上させたいとか綺麗な写真を撮りたいとか考える人には、多分全然向かない。
しかし「この景色がいますぐに欲しい」という衝動に数分置きに駆られ、スケッチブックに絵を描く時間が足りなくて困っていた当時のぼくにはぴったりのカメラだった。写りのよろしくないこれらの写真たちを、どれほど凝視し、また繰り返し見て制作の助けとしたことか。
閲覧の効率化のために、パンチ穴にリングを通して数十枚ごとに束ねていたのだが、きっとその穴がまずかったのだろう。見返す度に変質が進んでいるように見える。画質が本格的に劣化する前に、何度も見返した写真を優先してデータ化しようと考え、スキャンを進めている。
ぼくは、ブツとしての写真にはほとんど愛着がないので、データさえ残ればそれで十分だと考える。だけど、用紙の手触りとか、汚れとか、現像の失敗とかもデータの一部だと見なしているので、図像部分だけをトリミングして残しておけばいいとは考えない。
こういう写真も資料として大切なのだ。