「空白運動」おぼえがき


“パピヨンかがり(※1)”による38ページの絵本。
1997年の秋から98年の冬にかけて製作しました。

ハーネミューレ紙に銅版画(エッチング)でのプリント。
複数の版を見開きページにコマ割りとして配置し、
ぼくなりのマンガ表現を試みました。
野原鉄道をめぐる最初の作品でもあります。

異様に短い製作期間
(実質2ヶ月間)で仕上げる必要があり、
製作に取りかかった時点では
まだストーリー展開が煮詰まっておらず、
どう腐蝕させればイメージ通りの絵肌を表現できるか
本番で試行錯誤しながら造り進めるという、
すこぶる足下の覚束ない製作でした。
雪のちらつく深夜の屋外は、
腐蝕液の反応もおそろしく緩慢で、
製版の条件としてもこの上なく不利でした。

版画の利点を生かして複数のエディションを
印刷・製本するのが当初の計画でしたが、
未完成の版は試刷中にも容赦なく摩滅してゆき、
本番のプリントまで良いコンディションを
保った版はごくわずかでした。
込み入った腐蝕を施した版は
時間をかけて注意深くインク詰めをしても
思い通りの絵肌で印刷できることが少なく、
多めに準備した版画用紙もすっかり使い切ってしまい、
ベストな印刷を1冊分用意することさえ
満足に出来なかった有様。
おかげで部分ごとに版の腐蝕がまちまちで、
かなり見苦しい出来映えです。

右開きの本のくせに、
途中からイマジナリーラインに逆らって、
左方向に進行する展開も読み辛いと思います。

とはいえ、前進とはしばしば直線運動よりも
むしろ迷子に似ているという
当時の自分の実感にはよく合致していますし、
東西に伸びる「野原鉄道」の駅順からすれば
少女は『東→西→北』という運動をするしかないので、
これはこれで理に叶っているとも言えます。

ついでに言うと、このコンテンツでは
見にくい場面の濃度やコントラストを
原画よりも若干補正しています。


(※1:装丁家 栃折久美子さんの発案した製本法。
西洋の伝統的製本法と、
日本古来の和綴の長所とを合わせ持つ)
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